今回の話題はサツマイモを使った料理、”焼き芋”です。日本のスイーツの多くは、和菓子を含めとても繊細で凝った造りのものが多い印象が強いかもしれません。そんな日本のスイーツ類の中でも、非常にシンプルな調理方法であるにも関わらず、現在でもとても親しまれているのがこの焼き芋です。ミカンと並んで、秋の終わりから冬時期くらいの日本の風物詩的な食べ物の一つですね。一昔前は、冬時期になると石焼き芋を販売する専用車が町中をゆっくりと周っている風景が全国各地で見られたものでした。現在では、大型商業施設の食品コーナーやスーパー、コンビニエンスストア等でも季節もののスイーツの定番商品となっていて、目にする機会も多いでしょう。

さてさて、そんなわけで。焼き芋の材料は、サツマイモです。日本には17世紀頃くらいに琉球(現在の沖縄地方)を経て、薩摩地方(現在の南九州)へと伝わって来たそうです。18世紀頃には本州でも栽培されるようになり、全国に広がりました。本州においては、江戸(関東地域)で栽培が開始されました。この地域は土地がやせており、農作物の栽培には不向きな地帯として知られていましたが、サツマイモはそんな江戸でも栽培が可能だったんです。その結果、日本各地での栽培が広まっていったそうです。稲や他の野菜類よりも栽培に手間がかからず、冷害等の気候変動等の影響を受けにくかったのがやはり大きな要因のようです。また保存がしやすかったこともあり、比較的早く一般にも広まったみたいですね。当時は、ジャガイモが馬鈴薯(バレイショ)と呼ばれていたのに対して、サツマイモはその甘い味から甘藷(カンショ)と呼ばれていました。米等の穀物類の代用とされた他、汁物の具材なんかにも広く用いられることが多かったようです。焼き芋としての需要は、18世紀の後半頃には江戸や京都、大阪などの城下町で見られていたそうで、当時から安価で腹持ちが良いおやつのような扱いだったんだとか。明治時代には、米と比べて価格変動が少ないことから一般庶民に非常に親しまれるようなりました。しかしながら、大正時代の軍需景気時期には一転、需要が激減しました・・ 好景気の影響で国民全体がサツマイモの安価さに対するありがたみを感じなくなったせいみたいです。更にはその後の昭和初期まで続く戦時期には、食糧管理法によって統制品と定められたこともあって栽培や販売が制限されてしまい、サツマイモは一時期、一般庶民の食文化からすっかり遠のいてしまいました・・ 現在のスイーツの一つとしての焼き芋需要が始まったのは1950年頃以降だったりします。戦後は米に加えて、小麦等の穀物類が主食の食文化へと移り変わっていったせいもあって、サツマイモの需要傾向も変化していったんですね。安価で大量生産/保存/流通が求められる、主食になる穀物類と言う扱いではなくなったわけです。戦前と比べると、サツマイモはその価格も少し高価になりました。とは言え、サツマイモの需要が全てなくなったわけではなく・・ どうやら焼き芋は日本人の好みに非常に合ったものだったんでしょう。高度経済成長期のファストフードやスナック類の需要増加に押されつつも、焼き芋は根強い人気を維持し続けました。近年は、特にヘルシーなスイーツとしての人気が高いようで、焼き芋向けに特化した新しい品種も登場しています。焼き芋自体は、東アジア地域ではそれほど珍しいわけではない食文化のようですが、日本の焼き芋ほど継続して品質向上が図られているものはなかなかないみたいです。

現在、日本では昭和レトロブームが話題になっていたりします。昭和時代の古めかしい雰囲気が、現在の若い世代の人達にはとても新鮮なんだとか。一方で、昭和時代を経験していた世代の人々にとっては懐かしいものと言うことで、当時の文化を復刻させた商品やサービスが人気を博しています。やはり焼き芋もそんな昭和レトロな文化の一つなんです。かつては冬時期になると、公園や空き地、自宅の庭なんかの落ち葉掃除ついでに焚火をして焼き芋を作ったりするなんてことが日常風景だったものでして・・ まぁ、色々と法律や人の目が厳しくなった現在では考えられないことですが。ある意味で、大雑把で古き良き時代だった頃を思い起こさせてくれるのも焼き芋が人気である理由の一つかもしれません。
