部屋などへの入室の際の「敷居を踏まない」。こちらは基本マナーの一つです。こういったマナーには実用的な面での理由と概念的な面での理由があります。敷居は障子や襖等で部屋を間仕切りしている部分です。踏んづけてしまうと歪んだり傷んだりして、建付けが悪くなったりしてしまうわけです。特に日本家屋は木造建築でしたから尚更でした。こちらが実用面ですね。概念的な面ではと言いますと、敷居を超えて部屋に入るということは、その部屋(家)の主に受け入れて貰うと同時に、その部屋がその主の空間であることを受け入れることになるのだとか。故に敷居を踏んづけるという行為はそれらを否定、ないし拒否する行為になるわけです。(※いずれも諸説ありますが、上記はその一例です。)
こう言ったことは、かつては日常生活の中で年配者等から教わっていくものでした。地域によって解釈等が異なっていたりして実に興味深いものなのですが・・ 実のところ、この頃では日本人でも知らなかったりすることも少なくありません。意外と色々な情報が行き交い過ぎてしまい、本来の意味が埋もれてしまっていることも多かったりします。こちらのサイトを通して、海外の方達に日本の文化を紹介するのを機会に、私達も改めて自国の文化をちゃんと理解し直していければと思います。
“敷居が高い”
“敷居”と言う言葉を用いた慣用句のお話しを一つ。”気軽な気持ちで行くことができない”と言う意味合いで、”敷居が高い”って慣用句があります。(似た意味合いの慣用句としては”ハードルが高い”ってのもあります)”敷居が高い”ので中に入れないor入るのに躊躇してしまうってわけですね。現在、一般的には上記の意味合いで使われることがすっかり多くなってしまいましたが・・ 実はコレ誤用でして。本来は、”不義理なこと、不面目なことがあるためにその人の家に行きづらい”って意味合いの慣用句です。誤用されて一般的に広がっている意味合いにしろ、本来の意味にしろ、何と言うかとてもよく出来た表現だと思いませんか? 上手な例えって理解しやすいし、面白いものです。多くの人にとって、ピンっとくると言いますか、きっと言葉と意味合いが合致するからなんでしょう。定着して用いられる慣用句と言うものは、その言語圏だからこその表現だと感じられるものがあってとても興味深いものです。”敷居が高い”と言う慣用句は、まさに日本語におけるそんな表現の一つと言えるでしょう。
日本の慣用句には、誤用の意味合いの方が定着してしまっているものが結構多いんです。定着しているわけですから、誤用とするのも妙な話なんですが・・ しかしながら、言葉は時代と共に変化していくものですよね? その言葉が有する意味合いや使われ方もどんどん変わっていきます。それは、世界各国/各地域のどの言語でも同じでしょう。まぁ、誤用の意味合いの方が一般的に広まってしまったりするのは、時代の移り変わりに従ってそちらの方が言葉と意味合いがより合致するようになったってことなのかもしれません。もちろん、本来の意味合いもちゃんと知っていた方がいいですよね? その上で、その時代に則した意味合いでその言葉を使えるようになれば、言語と言うものが一層面白く感じられるんじゃないかと思います。